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松下響の天輪返し

レビュー : 飛行迷宮学園ダンゲロス―『蠍座の名探偵』―

ソロモンよ(中略)徹夜でしょうか早起きでしょうか、兎に角おはようございます、松下です。
時間の都合で暫くぶりになっておりますが、今年もダンゲロスの季節がやってまいりましたので、張り切ってレビューしてみたいと思います。レビュー対象は架神恭介(かがみきょうすけ)さんの講談社BOX第2弾、「飛行迷宮学園ダンゲロス―『蠍座の名探偵』―」です。

基本情報

  • 飛行迷宮学園ダンゲロス―『蠍座の名探偵』―
作品概要
作品名飛行迷宮学園ダンゲロス―『蠍座の名探偵』―
著作架神恭介(かがみきょうすけ)
販売元講談社
レーベル講談社BOX
作品形式文芸、小説、ライトノベル
流通形態商業
原作es(原案)
原画門脇聡(かどわきさとし)
初出2012年6月2日
対象年齢青年向け

まずパッケージを見てみる

前作でも気になるフレーズ満載だったBOXパッケージ、今回も大層凝っております。

BOXパッケージ

まずは帯のアオリ部分から。

虐殺世界の幕開け――、異能スプラッタ・ミステリ!!

無限の攻撃力と防御力 VS. 勝利を約束された主人公の力!!!
殲滅をかけて殺しあう『転校生』と番長グループ。惨劇と混乱の果てで辿りついた「真実」とは――!?

異能バトルとスプラッタはダンゲロスの基本で、絶妙な伏線と回収も前作の時点で既に出来ていましたが、本作では謎解きを主軸に据えてきています。
そして何より気になるのがいわゆる「絶対無敵の転校生VS絶対勝利の主人公」の部分です。他作品で言うと近年めだかボックスあたりでも主人公補正の理不尽さについて色々と語られていましたが、ダンゲロスでもダンゲロスならではの形で、ミステリという主題に半ば反するテーマとしてこれを織り込んできました。本作の見どころの一つです。
また、ダンゲロスのダンゲロスたる根源的性質というか、魔人たちは殺人犯探しをしながらもそれはそれとして敵は全力で殺すので、そういう意味でも主題に反しかねない性質を持っています。そのため、本当にミステリが成立するのかいささか不安なところがあり、実際途中で少々尺度が怪しくなりかける部分もありましたが、最終的にはきちんと収拾をつけており、何だかんだで架神さんやesさんの構成能力は大したものだと思いました。

表紙と裏表紙には本文の抜粋がそのまま掲載されています。

そう、ここは上空五〇〇メートル。番長グループ一年、魔人愁い崎トリコの能力、『ピーターパン症候群』。彼女は一定の土地を宙に浮かせることができる。
私立天道高校はいま、東京都上空で孤立していた――。

――もしもこれが物語だとするならば……。
果たして今回の主人公は本当に大銀河超一郎なのだろうか?

「小生と共に最強を目指すクワガタはいるか!」

ミステリの舞台となるクローズド・サークル(脱出不能領域)を作る仕掛けであるピーターパン症候群の説明の一節、大銀河超一郎(だいぎんがちょういちろう)が主人公補正を発揮するための条件と思しき記述、そして何より謎の「クワガタ」。これは配置と一人称で分かる通り上部丸囲みの鵺野蛾太郎(ぬえのがたろう)の台詞なのですが、これが本編内容にどう関わるのかパッケージの時点で想像できる人はまずいないと思います。

最後に裏表紙のあらすじです。

「魔人」と呼ばれる異能力者たちが集う私立希望崎学園「番長グループ」が、魔人ゼロを学園方針に掲げる天道高校(てんどうこうこう)に乗り込んできた!
彼らは仲間を殺したという「犯人」の引渡しを求め、ついには一般生徒たちへの虐殺を開始する。
頼れるクラスメート・白金遠永(しろがねえんと)とともに脱出を試みる鈴木三流(すずきみつる)だが、ようやく死地を潜り抜けたその瞬間、学園は上空五〇〇メートルに浮かんでいた……。

つまり本作の主題は謎解きに加えてサバイバルでもあることが分かります。
これについては公式サイトの著者メッセージに記述があり、

今回の狙いは二点。まず一つは、魔人対魔人の戦いがメインとなった前作では描ききれなかった「人間と魔人の戦力差」を表現すること。そのため、今回は魔人ならぬ人間が舞台に多数登場します。

と述べられています。
その通りに、序盤はなかなか絶望的なシチュエーションが描写されています。魔人同士の戦いでも大概即死するのに、これが一般生徒となるとたまったものではありません。

今回の特徴

ダンゲロスというものをもう少し幅広いユーザー層に訴えかけてみる試みなのか、今回結構本気で作風を変えてみたらしく、前作の戦闘破壊学園ダンゲロスと比べて多くの異なる特徴があります。

ページ数半減で気軽に読めるように

書籍実物を見て一発で気付くのですが、物理的な厚みが半分になっています。実際にページ数を確認してみると、前作の戦闘破壊学園ダンゲロスが516ページというポケット辞書並の厚みであったのに対し、今作は半分以下の228ページというまるで普通のライトノベルのような厚みで、随分軽くなっています。ただしお値段は前回1700円+税に対し今回1200円+税で半減とはいかず、やや割高ではあります。
ともあれ、前作はその驚異的厚みのせいで読み始めるのにある種の覚悟が要りましたが、今回は普通のライトノベルを読むくらいの軽い気持ちで読めるようになりました。ボリューム減は前作ファンなどのディープな読者層にはやや物足りなく感じるかもしれませんが、ライトノベル・ダンゲロスを初めて読む読者には適度な分量になっていると思います。

エログロ封印で山の手育ちの清楚なお嬢様が読んでも大丈夫

ページ数半減以上に驚くべき変化として、今作では前作に満ち満ちていたエログロ要素が激減しており、多少作者が我慢しきれずに漏れ出している部分はありますが、ページ減と併せてかなり読みやすくなりました。公式サイトの著者メッセージの続きにはエログロを減らした理由が述べられています。

もう一点は前作『戦闘破壊学園ダンゲロス』に寄せられた数多くのコメント、「面白かったけど人にはオススメできない」を重く受け止め、体液を少なめにした点です。山の手育ちの清楚なお嬢様でもゲロまでは吐くことなく読める作品になっているかと思います。その分、次回作では前作以上に「オススメできない」シロモノを書くつもりですので、まぁ、今作は気軽に楽しんでいただければ、と。

とのことで、今回に限って門戸を広くしてみただけで、やっぱり次回はまた普段通りにエログロ路線で行く模様で安心しました。というのも、確かエログロは架神さんの執筆モチベーションの維持に必要不可欠な要素だった筈で、今回封印して大丈夫だったのかしらということで、これについては月刊ダンゲロス #07(2011年11月号) ダンゲロス漫画化記念インタビューで回答されていました。

Q.以前エログロ抜きではモチベーションが沸かないと仰られていた気がしますが、小説第二段の主なモチベーションは何ですか?
A.この機に乗じなければ、的な。エログロないのでモチベはそんなに続かないから、今回は短いの書きます。ちょっと気を抜くとすぐエログロ書きそうになるのを必死に堪えながら書いてる。

ページが減ったのは読みやすくするためかと思っていたら、単にモチベーションが続かないからというのが大きな理由のようですね。

ところで今回グロ成分が減ったとはいえ、能力者達が一切妥協せず本気で殺し合う「命がライトなノベル」であるライトノベル・ダンゲロスの作風は健在で、それどころか「名探偵あるところ殺人事件あり」の法則との相乗効果か、或いはページ数が減って物理的にも軽くなったせいか、むしろ前作以上のペースで人がSATSUGAIされまくりますので、そういった面での心配はありません。ただ、エログロが減った分だけ前作にあった混沌・狂気成分が大分減っておりますので、もっともっとディープにダンゲロスの本格的な狂気の世界を味わいたい、という場合は普段の路線のものを読んだ方がしっくりくるかもしれません。

ミステリというダンゲロスの新たな一面を見せる

前作バトル路線だったのに今回いきなりミステリ路線になってしまったことについても大きな相違点と言えますが、テーブルトークゲーム版ダンゲロスwikiを見る限り小説化以前の段階でバトル以外のさまざまな路線が試行されています。他にも、紙の書籍にこそなっていませんが、既にダンゲロス・ベースボールという作品も発売されており、つまり今回についても路線変更というよりダンゲロスが内包する違った側面を切り出してきたと言った方が良いかもしれません。

回想が減ってストーリー進行がスピーディーに

本編の進行ですが、前作は現状進行と回想を交互に行うことで伏線を張りつつ、或いは隠された手札を徐々に明かしながらじっくり進むという方式になっていました。これは掘り下げという面においては確かに有効で、最後まで読むとなるほどなーとすっきり終わることが出来たのですが、いかんせんページが莫大な量になってしまい、たびたび回想が挟まるせいでさくさく本筋を読み進められないという難点を同時に抱えていました。
これに対し、今回は回想などは控えめにして現状進行と視点変更を主軸にどんどん進めていく形式に変わりました。脇役クラスのキャラの掘り下げは浅くなってしまいましたが、ページ数が減ったことも手伝ってさくさくと先に進む感触があり、ライトノベル・ダンゲロス入門用としても良い構成になっているのではないかと思われます。
ただ今回の構成にも多少の難点はあって、章立てが40から5に減ったことで検索性が悪くなるという結果を生みました。まあ、どちらかというと今回が普通で前回の章の数が多かったのですが。

舞台は前作の並行世界

世界観設定は基本的には前回と一緒の魔人世界なのですが、全くの同一世界というわけではなく、前回説明された転校生の世界から見て無数にある並行世界の一つ、ということになっています。
前作に登場していた夜夢(よるむ)アキラや範馬慎太郎(はんましんたろう)が引き続き登場していますが、彼らも並行世界の同一人物という扱いのようです。

表紙・挿絵のイラストレーター交代、挿絵増量

他に、イラスト担当が左さんから門脇聡さんになっています。個人的には左さんの絵柄の方が好きですが、新しく作画監督の門脇さんを引っ張ってきたというのが侮れません。架神さんにはこの調子でどんどんミラクルを起こして行っていただきたいと思います。
尚、全体のページ数は516→228で半分以下に減りましたが、挿絵はむしろ倍以上に増えて、4枚→11枚となっています。勿論過剰なエロやグロはありません。

TSF該当作ではなくなった

単にこのレビュー記事における扱いの違いですが、前作では主人公の能力からTSF該当作となっていましたが、今作では性転換要素が登場しないため、カテゴリや記事タイトル接頭辞を「TS/TSFレビュー」から「レビュー」に変更しています。

適度に整理されたキャラ

前作では50人を超えるネームドキャラがところ狭しと暴れまわっておりましたが、今作ではページ数半減に伴いネームドキャラも適度に減って25人程度となっております。
しかし本作には利便性という面での難点が一つあります。登場人物の名前が個性的なのは良いのですが、今回は個性的すぎて読みづらく、その割に人物紹介に読み方の記載が無くて、作中で最初に登場する部分だけに振り仮名が振ってあるのです。そのため、名前が覚えづらいキャラが登場するたびに「このキャラの初登場シーンはどこだ」と何度も探す羽目になりました。これは次回何とかしてほしいところです。
そういうわけで、補足として以下の紹介画像に名前と読み方を記載しておきますので、読み方に迷った場合にご活用ください。

飛行迷宮学園ダンゲロス表紙

上の画像が表紙(+名前紹介)です。前回が熱血バトル路線の炎燃え盛る表紙だったのと比べ、今回は曇り空で彩度が低めのいかにもミステリといったカラーバランスになっています。また、表紙に主人公がいるところも相違点です。
表紙で特に目立っているのがいかにも少年漫画の主人公のような風貌の大銀河超一郎(だいぎんがちょういちろう)と大正名探偵のような風貌の鵺野蛾太郎(ぬえのがたろう)
若干意味は異なりますが、本作は『主人公』対『名探偵』という対立構図が重要な要素になっています。一番奥に『蠍座の名探偵』が顔を隠して描かれており、その正体は終盤まで謎に包まれています。

飛行迷宮学園ダンゲロス挿絵1

丁度希望崎学園番長グループの大半が揃った挿絵がありますので、こちらも名前付きで紹介します。
世紀末ファッションのハートさんのようなモヒカンがまだなんぼかまともな人間に見えるという時点で激しくカオスな状態ですが、この13名が天道高校に押し掛けたスターティングメンバーです。学生の中に動物が混ざってる、というのはクロマティ高校あたりで既に使われているネタですが、それどころか戦車と一体化した人間さえいます。その名も片平大砲(きゃたぴらかのん)、能力は『体感巨砲主義(たいかんきょほうしゅぎ)』で、戦車が性的に大好きなあまりに戦車と一体化して年中性的快感を得ているといういかにもなダンゲロスキャラです。彼女には今回のベストネーミング賞を差し上げたいと思います。
片平大砲(きゃたぴらかのん)の他にも大銀河超一郎(だいぎんがちょういちろう)あたりかなりのカリスマ主人公っぷりだと思いますが、それもそのはず、「最強っぽいキャラの名前を考えろ、最強だと思った人の分だけ肉を食わせてやる」というテーマのもとに生まれた奇跡の名前なのだそうです。
この13名の面子の中で副番長の真野五郎(まのごろう)はそこそこ重要キャラなのでいいとして、何故か特に重要でないポイズンジャイアントパンダも表紙に出ていて、しかもパンダの方に丸囲みがあり、その上BOXパッケージにまで記載されています。まあ何故かとは言っても表紙にセーラー服のパンダがいたら手に取った人が「これは何だ」と興味を惹かれることもあると思いますし、恐らくそういったツカミとして機能しているのではないかなあと勝手に思っています。片平大砲(きゃたぴらかのん)もこっそり表紙にいますが、パンダの土台になっている戦車部分が見えるだけで顔は出ていません。

ちなみに前作の『転校生』であったユキミさんムーさん黒鈴さんがそうであったように、今回のヌガーさんも架神さん周辺の実在の人物のハンドルネームです。ただしチグリスに関しては新しく作った名前のようです。
他にも、過去に超一郎に撃退された名前もわからない『転校生』というのがいますが、あっさり魔人に撃退される『転校生』といえば、前作も同じポジションだった鏡介のことではないかなあと勝手に思っています。

第三次において鏡介は、戦術的に圧倒的不利である生徒会にとっては最後の切り札、番長グループにとっては大いなる脅威と目されていたが、実際のゲームでは登場直後に殴られて瀕死となり、そのままゲーム終盤まで放置。両陣営から冷笑された。番長グループの勝利が決定した後、プレイヤーからは「転校生がかわいそうになってきた」「殺すことは簡単だが、むしろ生かして帰してあげよう」「お土産に鏡子で抜いてあげようか」などという話が出てきて、結局、転校生は殴られて瀕死になった挙句、鏡子に股間をまさぐられておうちに帰ることとなった。これにより「転校生=ヘタレ」という印象がプレイヤーの中で根付き、以降、凶悪転校生「野獣牛兵衛」の登場まで転校生が脅威と認識されることはなかった。
鏡介はその後もヘタレの代名詞として事あるごとに取り上げられ、プレイヤーキャラ、転校生として複数回登場。外伝やTRPGでの登場もしばしばで大抵はロクでもない目に遭っている。

絶対に知っておきたい魔人10選より抜粋

見どころ目白押しのダンゲロス・ミステリ

本作では主題となる殺人事件の犯人探し以外にも幾つもの謎が絡み、それぞれが大きな見どころとなっています。
以下では、「クワガタ」の件を除き最終的な解答には触れませんが、中盤~終盤あたりの重要な情報に触れますので、内容の一部を非表示にして記述します。

白金遠永(しろがねえんと)」とは

まず、「白金遠永(しろがねえんと)」とは何者なのか。

以下の部分にネタバレを含むため、内容を非表示にしています。閲覧をご希望の方は、お手数ですが下の「内容を表示」ボタンをクリックしてご覧ください。

なお、本編の内容とは全く関係ありませんが、白金遠永(しろがねえんと)という名前はダンゲロスプレイヤーの白金(しろがね)さんとENT(エント)さんを組み合わせて作られたものだそうです。

「報酬」と「告白」

前作同様、『転校生』を召喚するには任務完了後に人間一人を「報酬」(≒生贄)として差し出さなければならないわけですが、果たしてその「報酬」は一体誰なのか、それ以前にシンリ達4人の本当の愛憎関係は一体どうなのかといった謎があります。
中学時代は仲の良かった4人のうち、天道高校に進学した鈴木三流(すずきみつる)[男]、白金遠永(しろがねえんと)[男]、南崎(みなみざき)シンリ[女]。一人だけ希望崎学園に進学した静夜宮夢路(しずよみやゆめじ)[男]。
中学時代の最後に静夜宮夢路(しずよみやゆめじ)南崎(みなみざき)シンリに告白したことによって4人の関係は変質し、高校進学を経て最終的に今回の事件へと繋がっていくことになります。

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「クワガタ」

蛾太郎「小生と共に最強を目指すクワガタはいるか!」
というBOXパッケージの一文が強烈な謎臭を放っていますが、この台詞は今作中盤の122ページに登場します。

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『主人公』対『名探偵』

そして遂に姿を現す伝説の番長・大銀河超一郎(だいぎんがちょういちろう)。絶対勝利の力、主人公補正をその身に受ける『ヒロイズム』という魔人能力を引っ提げて、物理無敵の『転校生』鵺野蛾太郎(ぬえのがたろう)との一騎討ちを演じます。

以下の部分にネタバレを含むため、内容を非表示にしています。閲覧をご希望の方は、お手数ですが下の「内容を表示」ボタンをクリックしてご覧ください。

最初に言ったことが一番大事

「最初に一番重要なことを述べる」というのが架神さんがよく用いる手法ですが、今回も例に漏れず効果的に使用されています。前回のような1行のエピグラフではなく2ページにわたる「はじめに」という文面が提示されています。

「ミステリの世界へようこそ!
 皆さまがこれから足を踏み入れるのは、『殺人事件』『被害者』『犯人』『クローズド・サークル』、そして何より大切な『名探偵』に彩られるミステリの世界です。多くの登場人物たちが、嘆き、悲しみ、怒り、錯綜する感情の中で謎を追い、ある者は新たな事実に気付き、ある者は途中で(たお)れながらも、確実に事件の真相へと近付き、見事、『犯人』とその思惑を暴いてくれることでしょう。途中、回り道に見えるエピソードも、不必要に思われる人物もいるかもしれませんが、全ての人達には等しく役割があります。一見犬死にに見えようとも、一人一人が僕のミステリを構成するための大切な登場人物なのです。
 ですが、もちろん何にも増して大切なのは『名探偵』です。『名探偵』がいなければミステリの世界が幕を開けることも決してありません。『名探偵』は、探偵がその役に()くのが一般的ですが、とはいえ、探偵のみが『名探偵』である必要もありません。刑事であれ、小学生であれ、家政婦であれ、いえ、その場に居合わせただけのただの一般人であっても、名探偵たりうる知性と立ち位置を備え、事件を解決に導くのであれば、それは立派に『名探偵』なのです。『名探偵』に始まり『名探偵』に終わる。ミステリとは、実は『名探偵』のためにこそ(つづ)られる世界なのかもしれませんね――。
 おっと、前置きが少し長くなってしまいました。僕の退屈な独り言に、これ以上、皆さまをお付き合いさせるのも申し訳ありません。皆さまとは、最後の方でもう一度お会いすることになるでしょう。それまで、(しば)しの、お別れ……。
 それでは皆さま。心の準備はよろしいですか? 行きますよ。
 虐殺の世界の幕開け――、

『蠍座の名探偵』
 スタートです!」

この文面、一見すると今回ガラッと作風を変えたダンゲロス・ミステリ編の前口上のようにも見えますが、その割には『名探偵』というフレーズが過剰に連呼されています。これは今回の最重要フレーズに違いありません。更に気をつけて見てみると、序文全体が「鍵括弧」で括られていることが分かります。では、『名探偵』こそが最も大事であると念を押す発言主は一体誰なのか。
そして『蠍座の名探偵』とは一体何のことなのか。登場人物一覧を見る限り、蠍座生まれは10/26の鈴木三流(すずきみつる)、11/20の白金遠永(しろがねえんと)、11/4の(うれ)(ざき)トリコ、10/27の森園(もりぞの)モリオ、そして11/3の鵺野蛾太郎(ぬえのがたろう)が該当します。

以下の部分にネタバレを含むため、内容を非表示にしています。閲覧をご希望の方は、お手数ですが下の「内容を表示」ボタンをクリックしてご覧ください。

新勢力

ダンゲロスシリーズを通じた流れについてですが、前作では『転校生』の世界と「識家」についてある程度の説明があり、今回更にそれが掘り下げられたことで、その識家に対抗する新たな勢力、「スズハラ機関」の存在が仄めかされます。この調子で掘り下げが進むと、次回かその次あたりでは現在水面下で動いているスズハラ機関と『転校生』との抗争が本格的に扱われるかもしれませんね。
…と思っていたら、飛行迷宮学園発売以前の月刊ダンゲロス #07(2011年11月号) ダンゲロス漫画化記念インタビューで既に回答されていて、どうやら5作目あたりで衝突するようですね。

Q.識家とスズハラ機関ってかがみさんのなかではどっちが強いんですか?
A.そのへんは小説第五作目で書く予定。

なお、2010年3月20日の架神さんの日記では、スズハラ機関について以下のように説明がなされています。

※スズハラ機関:誰かが突然言い出した謎の秘密結社。ダンゲロス世界で暗躍しているらしい。特に決まった設定があるわけではないので、みんなで適当に設定を追加しながら育てている。

同様に、月刊ダンゲロス #07(2011年11月号) ダンゲロス漫画化記念インタビューでは以下のように述べられています。

Q.スズハラ機関ってどの程度の規模なの?
A.オレが教えて欲しいよ……!

このスズハラ機関がどのようなものなのか、5作目までにどう育つのか、作者自身にすら予想がついていないようで、それを最終的にどうまとめるのか今から楽しみです。

些細な突っ込み

教室の2階や3階から校門あたりにたむろしてる集団に注目すると、必然的にその外側の道が無い=敷地が浮いていることに気付くと思うんです。

総評

前作の「面白いけど人に勧められない原因」となっていたエログロ要素をあらかた封印し、言わば作者が本気を出せない状態であるにも関わらず、それでも読みごたえのある内容として、しかも前作より読みやすく作られています。そのおかげでダンゲロス固有の濃さが多少薄まってしまっている感はありますが、その濃さも勧められない原因に入りかねないものでしたので、今回に関してはむしろ良い方向に作用するのではないかと思います。
独特の世界観や魔人の境遇についても前作ほど詳細ではないものの十分に説明されてますし、ダンゲロスの最初の一冊として勧めるのに無理のない内容となっているのではないでしょうか。ミステリとしても良く出来ていると思いますが、いかんせん私はミステリ小説を殆ど読まないので、これについては私の評価を当てにしない方が良いかもしれません。

なお、人に勧める場合を抜きにして個人的な感触はどうかというと、前作ではグロ要素が濃すぎ、今作ではエロや狂気の要素が若干薄いので、両者の中間あたりの作風も一度読んでみたい気がします。また、今回もキャラは十分に個性的ですが、前作に比べると明らかな狂人が少なく、鏡子さんレベルまで愛着の湧くキャラもいないように感じられました。
以上をもちまして、以下の評点を奉納いたします。

満足度 885/1000

前作と比べるとミステリ要素でプラス、グロ軽減でプラス、キャラ不足(というより前作がすごすぎた)でマイナス、バトル不足でマイナス、エロ・狂気・悟り不足でマイナスとして合算した結果、僅差で前作が上といった評点ですが、それでも毎回コンスタントにこのレベルの点数が出るというのは驚異的なことです。
今年も大変楽しませていただきました。

なお、レビューが久しぶりになるのでこれまでのレビューを一覧してみたところ、評点の分布がやや高い方に偏っていたので、全体的に50点ほど低い方に分布が広がるように微修正しました。今後も気まぐれで点数を変えることがあると思いますが、所詮個人の満足度・お気に入り度の話ですので、悪しからずご了承くださいませ。

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